ラオスの経済
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ラオスは、その国土の多くが山岳で占められており、隣国に比べて比較的森林資源が多く残っていた地域であるが、最近急激な森林破壊が問題となっている。プー・ビアと呼ばれる山が、2,817 mの高度を持つ国内最高峰である。一方でメコン川周辺には小さく平地が広がっている。メコン川のほとんどは、タイとの国境としても利用されている。
ラオスの気候はモンスーンの影響で明瞭な雨期と乾期があり、おおまかにいって5月から11月にかけては雨期、乾期がその後4月まで続く。ラオスの首都はヴィエンチャンで、主要都市にルアンパバーン、サワンナケート、パークセー(パクセー)などがある。
経済
1975年12月にラオス人民民主共和国が樹立され、急速な社会主義化を行ったものの、激しいインフレや農産物・日用品の不足を引き起こし、1979年には社会主義建設のスピードが緩和された。
1983年に再び社会主義化を目指すが、ソ連のペレストロイカの動きと呼応して1986年には市場原理の導入、対外経済開放を基本とする新経済メカニズムが導入された。
この間、ソ連やベトナムを中心とする東側諸国からの多大な援助に依存する経済構造であった。そのため、1989年から91年にかけて東欧諸国で起こった共産政権の瓦解は、ラオスにとっても危機であった。この時期に価格の自由化を行ったことによって、激しいインフレと通貨キープが大幅に下落するなど経済は混乱した。
政府はIMFのアドバイスのもと、経済引き締め政策を実施した。また、西側先進国との関係を改善し、国際機関や西側先進国からの援助が増大した結果、1992年には経済が安定した。
1997年7月に隣国タイで始まったアジア通貨危機はラオスにも大きな影響を与え、キープは対ドルだけでなく、対バーツでも大幅に減価した。
1997年にルアンパバーンの旧市街が、2001年にはチャンパサック県の文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺産群がそれぞれ世界遺産に公式登録されたほか、政府が1999から2000年にかけてをラオス観光年として観光産業の育成に努力した結果、観光産業が急速に発達した。
観光のほか、国土の約半分を占める森林から得られる木材、ナムグム・ダムをはじめとする水力発電の隣国タイへの売電、対外援助などが主な外貨源となっている。この中でもとくに水力発電によってラオスは東南アジアのバッテリーと呼ばれている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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